数年前まで、猫を一匹飼っていた。東京にいる頃に生後数か月の雌猫を譲り受け、家族で長い間飼育した。埼玉に転居するときにもその猫を連れてきた。籠から出された猫はその場でしばらくじっとして辺りを見渡していたが、そのうちゆっくりと居間の中を歩き、日差しの良い窓のそばに行き新居の庭を眺めていた。夜は引っ越しに使用した段ボールに隠れていた。
翌日には2階に上がっていき布団の上に寝そべったり、沢山ある段ボールを覗いたりしていた。
当時、僕はそのような猫のしぐさについて全く関心もなく、何のために庭を眺め、2階に上がっていったのかは考えもしなかった。猫のために何かしてあげようとも思わなかった。
その時の猫の様子を思い出したのは、孫の1歳の誕生祝で割烹料理店を訪れた時であった。孫はしばらく前から這い這いをするようになっていた。我々は食事をしながら、床の間に掛けてある掛け軸に触ったりしないか注意していた。みんなが孫の動きをずーっと注意していた。少し暖房が効きすぎたようなので障子を開けたところ孫はするするとそこから縁側に出て行き、庭の植木を指さして何か言っていた。落ちないように親が傍に行って、しばらくして部屋に連れ戻した。仲居さんが新しい料理を持ってきた。入口の襖をあけて食べ終えたお膳を片付けていた時に孫はその開いた襖から這い出て入り口のドアに向かった。見守っていた親はサッと後について出て、再び座敷に連れ戻した。
不思議なことだが、僕はその時、引っ越しの後に家のあちこちをうろうろした猫のことを急に思い出した。猫は引っ越ししてきた新しい住処が安全なところか、敵はいないかを調べていたのだと分かった(!)。孫も見慣れぬ和室の周りに危険がないか、安全を確認したのだろう。赤ちゃんであっても哺乳類なのだから環境を観察する本能が備わっているに違いないと考えた。
しばらく前から進化学に興味を持って、進化関連の本を手当たり次第に読むようになっていた僕の勝手な推論だが、猫の行動が這い這いする孫の行動と重なって見えたのは面白いことだと思った。